苺畑でつかまえて

カツ&サリー、闘いの記録

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気持ちで負けてはいけない。

先日、初めて「普通車への移乗」にトライした。
結果は「五分五分」といった所かな。

「降りる」方は何とか上手くいきそうな気配。普段、ベッドから車椅子に移るのとさして変わらない動作。落ち着いて何度か練習すれば、多分出来るだろうと確信が持てた。

でも「乗り込む」方は結構大変だった。車のドアや天井に頭を打ちそうだし、何とか乗り込めたとしても、車の後部座席で後ろ向きに倒れそうで、ハラハラドキドキものだった。

う~む、まだ先は長いのかなあ・・・。

イヤイヤ、悲観してはいけない、と自分に言い聞かせる。
どうせカツの事だもの。なんだかんだ言っている内に、すぐにコツをつかんでケロっとやってのけてしまうに違いないんだ。パソコンだってそうだった。今じゃあ、すっかり自力でキーボードを打っているじゃないか。

最初の「かなり悲惨な状態」を目の当たりにすると、家族としては本当に辛い気持ちに陥ってしまうけど、そこで負けちゃあいけないんだよね。

大丈夫、大丈夫、きっと上手くいく。
そう、今は前を向いて歩くしかないんだから。

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哀しい親孝行

先日、従弟が亡くなりました。享年42歳(もうすぐ43歳)でした。
直接の原因はインフルエンザだったそうです。

「もう20年も療養施設生活やったからね、きっと身体の抵抗力が落ちてたんやと思う。」と叔母が話してくれました。

最初、彼の訃報を母から知らされた私は、叔母に何て言えばいいんだろう、どういう風に話せば良いのだろうと困惑していましたが、電話の向こうの叔母は意外にも明るい声で「おばちゃん、元気そうやろ?」と笑っていました。「大丈夫?」と聞くと「大丈夫やないとアカンやん!だって、ちょっとでも涙をこぼしたら、多分もう止まらへんもん。そやから泣かれへんねん。」と言っていました。

「あの子が『もう社会復帰は不可能でしょう。』って言われた時、家で療養させる事も考えたけど、私らは親やから、いつかはあの子よりも先に逝ってしまうって思ってね。でも、そしたら残されたあの子は弟達の世話になる事になってしまうやろ、それも可哀想でね。あの子も可哀想やし、弟達も可哀想。それやったら、と心を鬼にして、施設に入れたんよ。それが本当に良かったんかどうかは今でも分からへんけどね。亡くなったんは多分『あの子なりの親孝行』やったんやと思うんよ。でも、どっちにしたって、私は地獄に堕ちる覚悟はできてるから大丈夫やねん。」とも話してくれました。
私はただ「そうやね、親孝行やったんかもしれへんね。」としか言えませんでした。

でも本当は「自分の死」が「親孝行」なんて、そんな事、あり得ないと思う。
自分の子供の死を望む親なんて、この世の中にいるわけがない。
だからこそ「あの子の『親孝行』やったんや。」と言った叔母の言葉の裏にある、計り知れなく深い哀しみを感じずにはいられない。

私の記憶に残っている、幼い頃の従弟の姿に向って、合掌。











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Author:katsutsun
若くして脳幹出血に倒れ、中途障害者となったカツの毒舌ブログ。

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