苺畑でつかまえて

カツ&サリー、闘いの記録

落花流水の情

心や身体が自分の思いどおりにならない時、人はとても不安になります。そして、誰か治してくれる人はいないのか、いやせめて、この苦しみを分かってくれる人はいないのか、と手をのばし、藁にもすがる思いで探します。

少なくとも私達はそうでした。

今はこうやって多少は落ち着いて、他の方々との交流も出来てきましたが、以前の私達はとても孤独でした。誰に聞いても、どこの病院に行っても、答えは同じ。

「もうこれ以上の回復は望めません。」
「治療方法はありません。」

死刑宣告にも近い、絶望のセリフ。

この先ずっと、この苦しみを背負って生きていかなければいけないのか!誰にも救いを求められないのか!

そんな思いで日々を過ごして来ました。

けれど今、私は「まだ」生きています。それは決して、私が「強い」からではありません。ただ、自分の生を惜しんでいるからだけに過ぎません。私は本当にとても弱い人間です。だからこそ、人と人との「出会い」や「繋がり」を大切に思ってしまうのでしょう。




落花流水の情
(らっか りゅうすいの じょう)

川側の花は、ああ、あの流れに身をまかせ、流れて行きたいと思い。
川波はまた、ああ、あの花びらを己に浮かべて流れて行きたいと願い。



これはただ単に、恋愛感情を表す言葉、というだけではなく、人間はみんな「誰かと繋がっていたい」という気持ちを持っているのだと、そんな感情を表した言葉だと、感じる様になりました。

花も、川波も、お互いに「支え合って共に生きていきたい」と願っている、そんな心を表現している様な気がしてきたのです。

そう気付かせてくれたのは、もちろん私の自慢の「掲示板」の仲間達です!!





そしてまた最近、生野さんというPTさんに出会いました。
生野さんは「麻痺の回復は発症後6ヶ月以降も続く」と言う事を、科学的に立証しようとされているそうです。もしもそれが証明されたなら、リハビリに関する法律もきっと大きく変わる事でしょう。

病を負った方々の人生を左右するのは、決して政治ではなく、ましてや経済でもなく、こうした地道な研究なのだと、強く強く思う今日この頃です。


生野さんのブログは、下記のURLです。

片麻痺のリハビリへの挑戦!認知運動療法 士 の臨床日記
http://neurocognitive.blog105.fc2.com/

生野さんのブログは、当HPと相互リンクしています。
掲載記事は、こちら。

苺畑からメッセージ
http://neurocognitive.blog105.fc2.com/blog-entry-302.html


東京の下町で愛を叫ぶ

私達が暮らしているのは、東京の下町。
最近、何かと話題の「スカイツリー」のある向島の隣町です。

カツいわく「陸の孤島」の様な町で、流行のファッションやなんぞには全く縁がありません。その代わりと言っては何ですが、カラスも友人になれる様な、そんな町です。



ここは、家から徒歩1分の所にある八百屋さん。
スーパーには無い「品揃え」と、店主の笑顔が「看板」です。
いつもお客さんで一杯です。

八百屋



それから、お肉屋さん。
ここも結構、流行っています。
やっぱり品物が良いからかな?

肉屋



あと、つい買ってしまうのは、この焼き鳥屋さん。
店の中で飲み食いする所なのですが、店頭売りもしています。

焼鳥屋



ところが一方、この町ならではの妙な「賑わい店」がっ!!
自宅から、徒歩5分圏内に、何と2軒もドラッグ・ストアがあります。「流行のグッズ」は無いけれど「大人用紙おむつ」の品揃えは充実しています。

薬屋1

薬屋2





私達が暮らしているのは、こんな町。
そして私の沢山のメッセージは、こんな町からの発信です。

ここが、最寄りの駅です。

駅


この、ひなびたホームから、電車に飛び乗るんですよ。

ホーム





この駅から、電車に乗れば、色んな所に行けるのです。

例えば、ほら、こんな看板があるでしょ?
この看板はね、この駅から電車に乗れば、遠くに住んでいる私の「心優しいネット友」が住む町まで、電車一本で行けますよ、って言う意味なんですよ。

看板



だからね、どうか、友よ。
自らを追いつめるのは止めてみようよ。


あなたに必要なのは、ほんの少しの「休養」かもしれないよ。

大丈夫、大丈夫。

少しくらい、休んだからって、誰もあなたを責めたりはしない。
みんなきっと、いつまでも待っててくれると思うよ。
ほんとだよ。

それからね、もしも出来たら、こんな風に思って欲しい。

あなたの上に起こってしまった不幸は、決してあなたの「せい」じゃないって。
だから今、あなたを覆っている不幸もあなたのせいじゃないし、あなたが自分を情けなく思ってしまうのも、あなたのせいじゃない。




そしてどうか、どうにもたまらなく辛い時には、私を思い出して欲しい。

私はいつも、ここにいるよ。
この町にいるよ。

あなたの、とても近くに、いるよ。





ほら、見て。
こんな風にね、続いてるよ。

私達の友人が住む町に、
叫んだら、届くかもしれないくらいに、
続いてるよ。

大丈夫だよって、
言ってるみたいに、
続いてるよ。


線路





他人の苦しみ

当たり前の事だけど、私には他の人の苦しみや痛みは「実感」できない。だから、その苦しみを、痛みを、心底理解する事は出来ない。それは私に限った事ではなく、誰だってそうだろう。

だったらせめて、苦しんでいる人、辛い痛みに耐えている人が、
「苦しい辛い」を伝えたい、誰かに分かって欲しいと思う「気持ち」くらいは、理解出来る人間でありたいと思っている。

辛いよ。
痛いよ。
苦しいよ。
悲しいよ。

そう叫んでいる人の、その言葉には決してウソなどない。
そこに、その人の「不幸」が存在している事は事実なのだ。

「あなたよりも、もっともっと不幸な人がる。」

そんな事は、言われなくても、誰だって知っている。
けれど、知っていたとしても、
厳然として存在する「自らの不幸」が無くなる訳ではないのだ。

そして、目の前に「押し付けられている自分の不幸」は、
生きている限り、24時間、自分を苦しめ続ける。
こんなに苦しいのは自分だけなんだろうか?と不安にもなる。
挙げ句の果てに、その不安が、さらに新たな苦しみを生んだりする。

それなのに、不幸を負った人間同士が、苦しめあってどうするんだ!
苦しみの「負のスパイラル」が果てしなく続くだけじゃないか!




他人の苦しみを実感する事は、私には出来ない。
誰にも出来ない。
決して、出来ない。

でも、だったらせめて、心を近くに寄せて、
その苦しみの声を聞いてみようと、私は思う。

そして一緒になって、その苦しみを嘆こうと思う。

他人の苦しみを解決するなんて、
神様でもない私には、とうてい出来ない事だから、
だからせめて、嘆き悲しむ人の、その苦しみに付き合おうと思う。

ただそばにいて、しみじみと話を聞こうと思う。




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若くして脳幹出血に倒れ、中途障害者となったカツの毒舌ブログ。

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