苺畑でつかまえて

カツ&サリー、闘いの記録

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補助輪つきの自転車

生活の様々なシーンで、カツにはいわゆる「福祉用具」というモノが必要なのだけれど、どうやら本人としては全く「本意に非ず」の様子だ。

こんなモノを使わないと、俺は、まともに飯も喰えないのか・・・。

介護用の箸が使える様になって、自力で食事が出来る様になって、さぞかし喜んでいる事だろうと、思って下さる皆さんの気持に応えられる程の、心の余裕はまだまだ無いのが現状なのだ。どうしても、発症前の自分と比べてしまうのだと言う。

そんな事はないよ。
充分に凄い事だよ。


と、私はいつも言い聞かせている。



例えばパソコンについても然りで、今では無くてはならないモノであるにもかかわらず、すぐに「こんな状態でパソコンが使えるなんて、大きな顔をして言えない。」とぼやく。

パソコン

普通のマウスが使えないので、特殊なマウス(らくらくマウス)を使用している。キーボードを打つのも、棒状のモノでつつく様にしてでしか、なかなか上手くいかない。

棒

現在は、箸に滑り止めを付けた物を使っている。



ベッドからの移乗にしても、そう。
「立てるんバー」という、特殊な用具を使用している。

立てるんバー

もちろん、部屋のど真ん中に、こんなモノがある生活は「普通」ではない。けれど、コイツのお陰でカツは自力でベッドから立ち上がる事が出来るのだし、立ち上がれる事自体は嬉しい事には違いない。




よく「QOLの向上」という言葉を耳にする。Quality Of Life(生活の質)と言うらしいが、私に言わせれば、それは「そんな『ごたいそうな』モノじゃあない。」で、単に「近眼の私がメガネを必要とする」事と、そうたいして変わりはないと思っている。

そもそも、こんな「単なる道具」の助けが無いと向上しない様な事柄を「生活の質」と呼ぶのは、それはあまりに身体が不自由な人間に対して失礼ではないかと思うのだ。



福祉用具は、どこまで行っても「単なる道具」だと私は思う。例えて言うならば、自転車の補助輪の様な物。無ければ乗れない人にとっては必要だし大切だけれど、重要なのは「乗れる」という事実だけで「乗るための道具の有無」ではないと思う。

補助輪があろうが無かろうが、自転車に乗れるという事実だけが今は大切なんだと思っている。



いつか補助輪の外れる日を目指して、
日々生活を続ける事が、何よりの訓練。

恥ずかしいなんて、気どってる余裕はない。
















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