苺畑でつかまえて

カツ&サリー、闘いの記録

カツブログ-34/半年間のリハビリ


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本格的なリハビリは「医療保険」で、管轄は「健康保健課」。障害福祉(障害者手帳)「障害福祉課」には一切関係ないようだ。だとすると障害福祉(障害者手帳)は本当に紛らわしい名前。

「医療保険」で行われる「回復期」のリハビリ約半年間しか出来ないと制度で決まってる。(9の「制度!制度!制度!」10の「最新医療を探して」、を参照。)だから半年でリハビリを打ち切らなきゃなんないんだけど、患者にそれを言わず「これ以上の回復は望めないから終わり」なんて言ってしまうリハビリの先生がいる(俺はズバリこう言われた)。出来なくなるのは制度のせいなのに、まるで俺が悪いみたいじゃね ? ここは日本だから良いけど、欧米だったらむしろ限られた期間内に何かしらの成果を出せ無い人は「脳無し」って言われるんじゃなかったっけ ?
そんな事を言うのはスティーヴ・ジョブズだけだっけ ?

俺はリハビリする人は誰もが少しでも良くなりたいし、将来的には治りたいと思ってるんだと疑わなかったが、そう思わない人もいて、例えば 80代、90代の人なんかは、「どうせもう長く無いんだから、今更リハビリで痛い思いはしたくない」と、こんな人も多いらしい。制度ってヤツはこう言うリハビリをしたく無いK.JとK.Bの事は先の先まで考えられているが、リハビリ頑張って少しでも良くなろうとする発展途上の人の事は全く考えられて無い。

そりゃ、俺だって 80代とか90代まで生きてたとしたら、年齢的に身体にガタが来て調子が悪くなる一方なんだろうし、何がどう悪くなってるかなんて今はまだ判らないけどさ。だけど今は良くなる事の方が多いんだからしょうがないじゃないか。実際、俺がリハビリしてるリハビリ室でもリハビリを嫌がるK.JやK.Bをよく見かける。「リハビリしたくても制度のせいで出来ない人もいるのに」と思う。こう言うイヤがる人達と発展途上の人達を分けるべきだと思う。せっかく発展途上なのに半年しかリハビリ出来ないんじゃ良くなるモンも良くなんないし、せっかくここまで良くなってるのに勿体ないと思うし、凄く中途半端だ。

それにあんなに嫌がられたら、少しでも良くしようとしてるリハビリ病院や、リハビリの先生達の存在が「意味ないじゃん ! 」って事になる。リハビリの先生達もヤル気ゼロのK.JやK.Bが相手じゃ張り合いが無いだろうし気の毒だ。リハビリしたくないK.JやK.Bは家族に無理矢理させられてる人もいて、そんな人は気の毒だと思うけど、発展途上でリハビリしたがってる人が半年で打ち切られるのも気の毒だ。半年じゃ成果が判らない。コレからって時に打ち切られたんじゃ、本人だけじゃなくリハビリの先生達だってガッカリなんじゃないのかな ?

「医療保険」での「回復期」のリハビリが半年で打ち切られると、コレしか他にないので「介護保険」でのリハビリに移行する人が多いが、「介護保険」は基本的に65歳からなので周りは確実にK.JやK.Bばっかになる。若い人がいたとしても(若いって言ったって)脳がやられた40歳以上65歳未満の人だけ(脳卒中は40歳からの特例の為)。年齢の制限が無い「医療保険」でのリハビリの時もK.JやK.Bが多かったが、スゴ~く若い人もいた。でも基本65歳からの「介護保険」でのリハビリにはそこまで若い人は確実にいない。

一般的に「医療保険」でのリハビリと「介護保険」でのリハビリでは内容が全然違う。「医療保険」の時みたいなリハビリの先生がマンツーマンで相手してくれる事はなく、「介護保険」でのリハビリは大体が体操のお兄さんみたいな人が一人いて幼稚園のお遊戯みたいな事を大勢のK.JやK.Bと一緒にやる。今はもっと本格的なリハビリをやってる所も在るみたいだが。

「介護保険」でのリハビリでは17の「妖怪人間」にも書いたような単に足腰が弱っただけで、難無く歩いてる何処が悪いのかサッパリ判らないK.JやK.Bばっかになる。つまりこう言う65歳以上のK.JやK.Bの為に「介護保険」はあって、俺みたいな40歳以上65歳未満の人の保険は無く、脳卒中の40歳以上65歳未満の人達が、脳卒中の人とは限らない65歳以上のK.J K.B達と「介護保険」で一緒くたにされてるから本当に始末が悪い。だから65歳以上のK.JとかK.Bのくせにパー車じゃないヤツもいて、難無く立ったり歩いてるしてるなんて何かムカつく31の「やっぱダメだ」にも「K.JやK.Bと一緒にすんな ! 」と、書いたが、「介護保険」では一緒くたにされてる

40歳未満の人には「介護保険」でのリハビリも受けられないから「医療保険」での「回復期」のリハビリが半年で打ち切られたらもう他に行き場が無い。例え発展途上だとしても、10代や20代だとしても、脳卒中の人は40歳になるまでは受けられない。若ければ若いほど良くなる可能性があるのに40歳まで待たされる。この制度ってヤツは若い世代の事は何にも考えてくれてない。でも、そうは言っても俺もそうだけど、K.JやK.B達とお遊戯なんか誰もやりたがらないんじゃないかと思うんだけどねぇ。若い世代の人なら尚更。だって俺はお遊戯なんかやりたくないもん。ソレもよりによってK.JやK.B達となんか絶対イヤだ

リハビリ病院に行くと「もう良いんじゃね ? 」と思っちゃうK.JやK.Bもいる悪いけど。いくら俺でも真剣にリハビリしてるK.JやK.Bは良いと思うんだけど、でも俺のCD「エスキース」のライナーにも書いたが、K.JやK.Bは今更リハビリしても三途の川を渡る練習にしかならないんだから「介護保険」とかでお金を掛ても無駄な気がする。でもその辺りの事は俺なんかよりも国の方が抜け目無く考えてるだろうからこう言われそう。「若い人はまだまだこの先何十年も生きるからその分お金が掛かるけど、高齢者はどうせ後何年も生きないんだからその分出すお金が少なくて済む。どっちが得かよ~く考えてみよう」。
実際にそう言われた訳じゃないから本当の所は判らないけどさ。
















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カツブログ-33/ピーターパン・シンドローム


俺は朝食の前に一服するのが習慣で、この習慣は入院中も続いた。

柳原リハの建物の外に喫煙所が在るんだけど、そこに行くには外に出るしかないのだが、朝食のその時間はまだ出入り口の自動ドアに電気が来ておらず、自動では開かずに手動ドアなので、手動で妻に開けてもらう。

一服してると、その時間は丁度職員達の出勤タイムで、今までポロシャツみたいな制服姿しか見た事なかった職員達の私服姿を見られる。例のジジイ医師は白衣を着てない上に名札も付けてないので紛らわしい事この上ないのに、普段、他の職員達は皆ピンクとかブルーのポロシャツみたいなダサイ制服を着て、更に名札まで付けてる。

知ってる人の私服姿を見て「ああ、アノ人本当は◯◯系だったのか ! 」と、意外に思った人もいるが、柳原リハに2回も入院すると流石に私服姿を見ただけでもこの人は何をやってる人なのかが大体判る。

看護婦さんの私服姿はキャピキャピした格好が多い。同じキャピキャピでも新人とベテランでは微妙に違う。だからキャピキャピした格好の人は大体看護婦さんだ。例外の人もいるけど。

リハビリの先生の私服姿は体育会系って言うか、野暮ったい格好した人が多い。勿論、それに当て嵌まらず、オシャレな人もいる
それに看護婦さんにしてもリハビリの先生にしても朝はまだ化粧崩れしてないから皆綺麗だ。これも例外の人はいる。

介護士さんは基本的に男性ばかりなので私服姿に興味ないが、余りにも「ソコらの兄ちゃん風」が多いと思う。まさかコノ人が介護士とは誰にも思われない。

それから職員達全体に言いえるんだけど皆私服姿が若い。制服姿だと年代が判らないから「本当はこんなに若いんだ ! 」と、思った。これも勿論、例外の人もいるけど。

俺は、音楽もギターもファッションも60年代が好きだし、バイクでもインテリアでも何でも古めかしい物が好きなせいか10年や20年前なんてそんなに昔に思えないでいたけど、「十年一昔」と言われる通り10年前は相当昔なんだよな。10年前の話しをしても昔話をしてる感覚がない。ついこないだの話しをしてる感じだ。

俺には「いつまでも20代や30代じゃ無いんだ」と言う自覚が著しく欠落してると思う。ピーターパンシンドロームと言うヤツなのか、「恋のから騒ぎ」に出てる女の娘達を見てて恋愛対象だと思っていたが、考えてみればあの娘達は俺の娘の年齢だ。

何となくバイクに乗ったり、ロックを唄ったりするのがまだまだ続くと漠然と思っていた。それがいつまでかなんて判りゃしないけど、前に「神様、もう少しだけ」って言うドラマがあったが、そのタイトル通り、もう少しだけ続けたかったなぁ。もう充分なのかもしれないけど、こんな身体になるのは予定に無かった。予定してる人なんて誰もいないけどさ。

















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カツブログ-32/だって、しょうがないじゃないか


俺が使ってる制度で障害福祉(障害者手帳)介護保険と言う2つのモノが在る。どちらも申請しなきゃならない。ただし、入院中は申請出来ない。家に帰って生活する事が前提だ。障害福祉の管轄は役所の「障害福祉課」だ。介護保険の管轄は役所の「介護保険課」である。

基本的に障害福祉(障害者手帳)が受けられる人は年齢に関係無く症状が固定してる事(それ以上良くならない)、認定人と認定医に障害者と認められた者、だからどんなに身体が不自由でも認定人と認定医に障害者と認められないと障害福祉(障害者手帳)のサービスは受けられない。実際、認めてもらえない身体が不自由な人は沢山いる。

介護保険が受けられる人は65歳から。でも脳卒中の場合は40歳から。こっちも認定人と認定医がいる。介護保険は認定人と認定医が介護のランクを決める。この人には要介護4とか5とかを決める。介護用品のレンタルは介護保険だけだから、要介護1なんて決められた人は可哀想に車椅子も貸してもらえないから自腹で買うしかない。40歳未満の人に介護保険は適応されないから、介護用品のレンタルが一切出来ない。「これからの10代」の彼等は全て自腹だ。

障害福祉にしても、介護保険にしても一度たりとも診察すら受けた事の無い医師に認定か否か決められるなんて変な話だ。障害福祉の方にも介護保険の方にも認めてもらえない、そんな人はヘルパーも呼べない。

このヘルパーも、障害福祉(障害者手帳)のヘルパーと介護保険のヘルパーの二種類のヘルパーが存在して、それぞれ出来る事が少しずつ違ってる。例えば介護保険のヘルパーに家の掃除を依頼すると拭ける窓ガラスの枚数が決まってる。実にユニークだ。障害福祉(障害者手帳)のヘルパーの方が弱冠融通が利くらしい。これも実にユニークだ。

ケア・マネに散々勧められても我々はヘルパーを頼む事を躊躇してた。でもウチに来るヘルパーは割と融通が利いて頼めば何でもやってくれる方だと思うけど、基本的には今の所、掃除買い物しか頼んでない。って言うかそれだけしか役所に申請してない。その掃除の許可だけでもスッタモンダあった。申請すれば何でも通る訳じゃない。大体、役所がスンナリ通す訳がない。いつだって、アレはダメコレもダメ、と、ケチ付けるんだ。もはやケチ=役所だ。「埃があったからって死ぬ訳じゃないでしょ」と、余りにも酷くてビックリする事を役所に平然と言われたのだ。って言う事は、埃だらけの部屋で暮らしてる人がいるって事だ。気の毒に・・・。

その内に他の事も頼むかも知れないが、頼むとなったら役所に申請しなきゃなんないし、また何を言われるか判らないし、それでまた不愉快な思いをしたくないし、通ったとしても実際にやって貰うまでまた何ヶ月も掛かるし。本当の本当に面倒臭い。役所はワザと面倒臭くしてるとしか思えない。役所の人間にいっつも思うのは「自分の親にも同じ事を言うのか ? 」って事。

ヘルパーが近所のクリニックに薬を受け取りに行ったとしても、受け取れるのは俺の分だけで妻の分は受け取れないんだそうだ。「ついで」って事が理解出来ないらしい。御身体が御不自由でと~っても御可哀想な俺の為だけのヘルパーだから、同居家族の虚弱な妻の面倒までは一切看れないんだそうだ。だったら妻の薬も俺の名前+Bにして、藤子不二雄Aみたいに本当の俺の薬には俺の名前+Aにすれば両方とも俺の薬なんだから問題ないのでは ? と思ってしまう。

年末の大掃除や衣替えも出来ないそうだ。どちらも生活して行くのに「絶対必要」な事ではないかららしい。確かに大掃除しなくても生きては行けるけど・・・。
ヘルパーを頼むような人間はスッキリ片付いた部屋で新年を迎えるなって事らしい。

それから同居人や家族がいる人には、ヘルパーが出来ない事が増える。要するに同居人や家族にやらせろって事。ヘルパーの出来る事が多いのは一人で暮らしてる人。

とにかくアレも出来ない、コレも出来ない、じゃあ何が出来るんだ ! と、思ってしまう。それがヘルパーを中々頼まなかった一番の理由だ。でも何も出来ないのは全てヘルパーのせいじゃない。ヘルパーだって本当は拭ける窓ガラスの枚数制限なんて馬鹿馬鹿しいと思ってる。ただ役所の指示/規則に従ってるだけだ。その役所だって厚生労働省の指示に従ってるだけなのかも知れないが、大掛かりに決まった制度以外は、役所と言えども担当者の人間性だと思うなぁ俺は。

実際、以前、杓子定規でイヤ~な女の担当者がいた事があって、それまで他の担当者の時は割とスンナリ通っていた申請がその女に担当が変った途端、通らなくなった。って言うか俺はこの女が止めてるんじゃないかと思ってる。女子医大の医師の診断書を提出しても、ただの一度も俺を診察すらした事ない役所の認定医が許可しないそうだ。女子医大の医師の診断書を却下するのだから、その認定医は余程の大先生なのだろう。でも全てその女の担当者が言ってた話しだから「本当かな ? 」と、疑ってしまう。その女はこう言ってた。「今までの担当者がやらなかった事を私は正してるだけ」。だとしたら俺は「余計な事しやがって ! 」と、思うだけ。そしてこうも言った。「担当が他の人に変わっても、この件は私が引き継ぐ」。何でそこまで意地悪なんだろう ? 本当に嫌な女だ。現在の担当者はそこまで杓子定規じゃなく割と融通が利く方だが、ただの天然なのかも知れない。
役所の人間なら誰もが皆この女と同じとは思えない。

驚く事に役所の「障害福祉課」では症状が良くなる事は想定されてなくて、より悪くなって行く事しか想定されてないんだそうだ。例えば手摺(前に書いた手摺とは無関係)一本付けるのにも、「以前は出来なかったから必要なかったけど、今は出来る様になったからここに手摺が欲しい」と、こんな言い方は絶対に通用しない。「以前は出来たんだけど、今は出来なくなったからここに手摺が欲しい」と、この言い方なら通用する。早い話しが、まるで「障害福祉課」では良くなる事は望まれてなく、より不自由になって行く事を希望されてる感じ。

実際にこういう事があった。「担当者会議」と称するウチにP.T、O.T、ケアマネ、「障害福祉課」の担当の人達等が集まって来て、皆で俺の事を考えてくれる、本来はアリガタ~イ会議なんだけど、俺は何か複雑だ。その会議の時に例えば「トイレには普段どうやって移乗してるのか ? 」なんて質問されたら、皆の前で移乗をやって見せなきゃなんない。まるで見せ物みたいに。いっその事、ウンコもしてやろうか ? って思ってしまう。この「担当者会議」って言うヤツは何度やっても俺は慣れない。「以前はこうやってたから必要なかったんだけど、今はこれが出来る様になったからここに手摺が欲しい」とP.Tの先生共々「障害福祉課」の担当者に言ったら、「回復する事は想定されてないから、手摺を付けるお金は出せません」と、キッパリ。「えっ ! 」我々は呆れて暫く言葉を失ってしまった。「そ、そうなんだ」。それじゃあこの人は一体何しに来たんだろう ? 俺の不様な姿を見物しにでも来たんだろうか ? 他の人達は基本的に少しでも良くなる事を望んでる。その人達をイヤ~な気持ちにさせる為だけに来たのか ? ここまでキッパリ言うのだから「障害福祉課」では無理だ。って言うか、役所が一度言い出した事を曲げる訳が無い。確かに障害福祉(障害者手帳)を受けられる条件の一つは「症状が固定してる事」だから間違いじゃないけどさ・・・。

それに障害福祉(障害者手帳)にはリハビリは無いしね。する側も、される側もどうせ介護だけなので「介護保険」と言うのか、それとも単にリハビリで良くなって行く事を望んでいないだけなのかは判らない。だけど今の俺は良くなる事の方が多いんだからしょうがないじゃないか。とにかく俺が思うに、いっその事、「「リハビリ保険」みたいな制度を作れば良いのに」って事。そもそも介護って言う言葉は本来、障害者や高齢者の為じゃなくて、戦争に行って手や足を失くした人の為に出来たらしい。

結局、手摺は介護保険で付けた。だからと言って介護保険が回復する事を想定してるかは不明。恐らく想定してないと思う。障害福祉(障害者手帳)も介護保険も出るお金の上限が決まってて、今回はたまたま介護保険から出るお金の枠が残ってただけで、回復する事に理解を示して手摺を付けてくれた訳じゃない。障害福祉(障害者手帳)にしても介護保険にしても障害者がリハビリで少しでも回復してくれた方が出すお金が減って助かるんじゃないと思うんだけど、役所が考える事は分かんない。金額が高い方がスンナリ通ったりするから。とにかく役所はイチイチ面倒臭い

今回のように障害福祉(障害者手帳)では出来ない事が不思議な事に介護保険では出来たりする。勿論、逆の場合もある。凄く紛らわしい制度で、大阪の「府の管轄」と「市の管轄」とで何でも2つあるのと同じ事を障害者の制度でもやっている。
俺は幸い妻が障害福祉(障害者手帳)と介護保険の事に詳しいので、この二つの制度を上手く使い分けてるけど、知らない人の方が多そう。
















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カツブログ-31/やっぱダメだ


俺は昔から皆に嫌われてるヤツでも、一つくらいは良い所があるだろうと思うたちだったから、そんなヤツとも割と仲良かった(物好きとも言うが)。

だから例のジジイ医師にも一つくらいはと、散々探してみたが、一つも良い所が見付からなかった。それどころかむしろ嫌な所が見付かってしまった。やっぱダメだ、このジジイは。どうやら「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」みたいである。

最近は血圧が高く表示されると俺に何度も深呼吸させて、おまけに「普通の人には出来るけど、君には無理だからお腹を膨らませるように深呼吸してみなさい」なんて事を平然と言う。そして「これが腹式呼吸って言うんだよ。唄う時もこの呼吸をすると良い」ったく ! 「釈迦に説法」だっての ! このジジイ医師は以前から「普通の人」って言葉を何かと連呼して俺を嫌な気分にさせる。よっぽど俺は普通の人じゃないんだな。これって差別じゃねって思う。それもこのジジイには全く悪気が無い。悪気が無いから余計に始末悪い。悪気が無いってのが、実は一番の罪って気がする。以前、「KY」と言う言葉が流行ったが、悪気が無い=KY。このジジイはまさにKY。俺もKYだが、でも俺の場合はAKYだ(あえて、空気読まない。「読めない」じゃなくて「読まない」)。

前に名札の件で色々書いたが、俺が書いた事と同じ事を以前から感じてた人がジジイの名札を作って渡したが、見事に付けない。それどころか捨ててしまったらしい。ヒドい話しだ

それにしてもこのジジイは皆を不愉快にするなぁ。本当に困ってしまう。以前は週2回のリハビリの内1回だけジジイの診察だったが、今は2回ともジジイなのでゲンナリする。「今日はリハビリガンバロー」とそんな気持ちも「でも診察はまたあのジジイだ」と思うと萎えてしまう。患者のヤル気を無くさせるジジイ医師って問題だと思うなぁ。

儀式を受けると最近はこんな感じなので、前に言った「話すより儀式の方がマシ」って言うのも考えものだなと思っている。ロビーにある誰でも自由に使える血圧計で低い数値が出るまで何回も計って、「普段はこんなに低いんだ」ってジジイに見せつけてやるのも手かも。それから「こう言う病気をした人はこうなって、こう言うのが苦手なのが普通」と勝手に決め付けて思い込んでるみたいで、俺が出来たりすると不思議がるし、出来ちゃいけないみたい。とにかくこのジジイは、そう言う病気をした俺が病弱じゃないと納得しないみたいだ。俺は元々丈夫なんだから仕方ないじゃん。K.JやK.Bと一緒にすんな ! と思う。

早速、ロビーの血圧計で計った低い血圧をジジイに見せてみた。「私が計るといつも高いのになぁ」。そして「これは良い血圧だ」と言って診察がすんなり終わったまでは良かったのだが、それからは外来の度にロビーで血圧を計ってると、その様子を診察室のドアを細く開け、そこからジジイが市原悦子の「家政婦は見た」みたいにジィーッと計り終わるの見張ってる様になる。それも毎回毎回いっつもだ!ゆっくり落ち着いて計らせろっつーの ! そんなに急かされたらまた血圧が上がってしまう。そしたら、せっかくロビーで計ってるのに意味ないじゃん。

前回書いた通りジジイに話し掛けられるのはある程度は覚悟してたけど。「何か変った事は ? 」「変わりないです」これはいつもの遣り取り。「ムセないでちゃんと食べられてる ? 」「ちゃんと飲み込めてる ? 」全て何の問題も無いので、そう答えるとジジイは物足りないのか、今度は「バンザイして」と言ってきたので、バンザイして見せると「次は前習えして手をグーパー、グーパーしてみて」と言ってくる。俺は仕方なくそれをやって見せると、「じゃあ今度は両足を交互に上げてみて」と言う。それもやって見せると「力強くなった」と俺に出来ない事が見付からなかったので残念そうに言った。俺は「こんな事させてこのジジイに一体何が判るんだろう ? 」と思った。ジジイと言えども一応は医師なんだから診察を疑いたくはないが、何かアラ探しされてる気がする。







<最近の俺>
◯バナナの皮をむく。
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◯うつ伏せになる。
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◯正座をする。
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◯廊下を歩く。
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若くして脳幹出血に倒れ、中途障害者となったカツの毒舌ブログ。

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