苺畑でつかまえて

カツ&サリー、闘いの記録

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カツブログ-37/水野病院


新井薬師の傍の水野病院は周りの建物も水野病院の建物が驚く程多くて、普通の民家の隣まで水野病院の建物だったりして、町全体が水野病院で、今考えるとアレは異様な光景だった。
俺は「水野帝国」と呼んでいた。

その水野病院は約6年前、妻がどうしても大阪に帰らなければならない事があって、その間の俺が介護受けた「業平ホーム」と言う老人ホームの次ぎに行った病院で、ショート・ステイ約半月程療養病床に入院した。

実はそれ以前からこの病院には外来リハビリで通ってた10の「最新医療を探して」でも書いた「慢性期」でもリハビリ出来る病院だった。このショート・ステイ中もリハビリは毎日あった34の「半年間のリハビリ」で言った通り、医療保険のリハビリは「回復期」の約半年間しかリハビリ出来ないのが一般的だけど、昔々のこの頃はまだ現在程はそんなにシビアじゃなかったから「慢性期」でも受け入れてくれる病院も在った。

一応、P.T、O.T、S.T、があって、週一回だけ外来リハビリで通ってた。リハビリはそれなりに充実してたが、ショートステイの短期間であっても入院してみると 6 の「暴言」に書いた通りのかなり酷い扱いを受けた。この時の事は一生忘れられないだろう。俺は元々執念深いタチなんだから。外来リハだけじゃ全然判らなかった。とにかく酷かった。マジで殺されると思ったもん。だから俺は「監獄」って呼んでた。
そう言えばリハビリの先生が「訓練してせっかく出来るようになったのに病棟では全く活かされてない」ってこぼしてた。

実際こんな事があった。俺はトイレに連れって欲しいと看護婦に頼んだが、立てないからダメとか車椅子に移乗出来ないからダメとか何がかんだと理由(言い訳)を付けて断られた。それで俺は「リハビリの時はリハビリの先生に介助して貰いながらも立ってるし、車椅子にも移乗してる」と言ったらビックリする事に、その看護婦はこう言った「むこうはプロ ! 」。
えっ ?! 看護婦もプロじゃなかったっけ ? そりゃ P.T のプロじゃないけど、パー車に移乗させたりトイレに連れてったりするのは何の資格も持ってない素人の妻にだって出来るんだから、資格を持ってる看護婦がそんな事も出来ないのはマズイんじゃないの ?
今後また同じ様な事が間違いなく必ず起きるけど「業平ホーム」と「水野病院」だけは絶対に嫌だ。この際、もうその時は大阪まで付いて行こうと思ってる。

35の「病院で年越し」にも「今は簡単に出来る事がまだまだ出てきそう」って書いたけど、最近気付いたのだが、俺は歯磨きの最後に正確な名称は判らないんだけど ♪お口クチュクチュ♪モンダミン♪ みたいなヤツをする(俺はピュオーラ)。キャップに取ったその薬液を一気に吸うんだけど、以前は少し飲んでしまったり、キャップ1/3の薬液を吸い込めなかったりして、いっつもキャップに薬液が残って勿体ないと思っていたのだが、それが最近は残らないで一気に吸い込めるのだ。どうりで最近は麺類を食べるのが上手い訳だ。歯磨きは毎日の事だから知らぬ間に吸い込む訓練してて、その結果、麺類等を吸い込むリハビリになってたのだ。

それから、この身体になる前のクセで、でもクスリを飲む時には誰もがやると思うんだけど、首を振ると言うか口に含んだ錠剤のクスリを喉の方に移動させる仕草。以前はうっかりコレをやってしまうと必ずムセて大変だった。ところが最近はワザとやっても全くムセ無い

コレも恐らくピュオーラ・リハビリのせいだと思う。













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カツブログ-36/最近のぼやき-4


「世界の衝撃映像」みたいな番組を観てると、いつも凄く無茶な事をして、「そんな事したら死んじゃうだろ」と思う人が奇跡的にかすり傷一つ無く助かったりする。俺は内心「死んじゃえば良いのに」っていつも思ってしまう。「俺はそんな無茶な事してないのになぁ」っていつも思う。

福知山線の脱線事故の被害者の遺族が「こんな事故は二度と起こさないで下さい。被害者は私達だけで沢山です。」と言っていたが、本当にそう思っているならスゴいと思った。俺がその立場だったら悲しい思いするのが自分だけなんて何か損した気分になって「これからも事故って被害者をどんどん、どんどん増やせば良いじゃん。」と思ってしまう。むしろ増える事を期待してしまう。

人生を振り返って見ると「何であの時あんな酷い事を言ったんだろう ? もっと優しくすれば良かった」とか「ああすれば良かった、こうすれば良かった」と後悔する事ばかり。「後悔、先に経たず」とはよく言ったものだ。


どちらかと言うと今迄は自分が他人に頭を下げられる事が多かったから、他人に頭を下げる事に抵抗があるし慣れてない。そんな俺が現在は頭を下げる事ばっかりだ。ちょっと外に出ると「すいません」と言う回数が増えた。その事だけが理由じゃないけど病院に行く事以外には外に出ない

でも近所の散歩ぐらい(散歩と言ってもパー車だけど)は出てみる気に最近なった。妻には負担になるけど。

こうして色々書き出してみると「俺はもう終わったんだなぁ」と実感する。そう思うと人の一生ってなんて短いんだろうと思う。どうしても20代、30代が一番良かったと思えて仕方ないのだ。

今後も続くであろうリハビリは恐らく一生続く。(制度的には有り得ないけど)例え歩ける様になっても「ハイっ ! これで終わり」とはならず「今度は正しく歩きましょう」とか言われてリハビリが一生続いて行くと思う。今後の俺はリハビリだけの人生

どの訓練も元々は全部簡単に出来た事で、アスリートになる為の訓練じゃ無い。気の毒に妻はこんな俺に付き合わされる。

少しでも俺が回復すると妻が喜ぶ俺は妻を喜ばせる為だけにリハビリを頑張る。妻は行く行くは何事も無かった様に治ると思ってるみたいだけど、俺は絶対そんな事は無いと思ってる。何らかの後遺症は残るだろうし、現在より良くなっても元に戻る事はもう無いと思ってる。だから最初は自分の為のリハビリだったけど、今は弱冠意味が違う。今は「妻を喜ばす為」と言う意識が強いそんな事くらいでしか妻を喜ばせないから。










<最近の俺>
◯ハサミを持つ。
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◯革を持つ。
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◯革を切る。
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※「イッタンモメン」みたいなのが沢山出来ました。
CIMG0058.jpg

















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カツブログ-35/病院で年越し


明けましておめでとうございます。
今年も宜しくです。


俺には別にめでたい事なんて無いんだけど、
一応新年の挨拶って事で。


2003年11月28日~2004年3月17日まで東リハに最初に入院した時、俺は生まれて初めて病院に入院中に年越しした。そう言えば40歳の誕生日も広尾病院に入院中に迎えた。何回も病院で誕生日や年越ししてる人もいるんだろうが俺は今の所その一回ずつだけで済んでる。だけどこの先は判らない。同室の人が「俺なんか去年も病院で年越ししちゃったよ」と話してたから。

その頃の俺は経管栄養のチューブが鼻から出てて、長いチューブを束ねてテープで顔に貼ってあったし、主治医からも「家に帰るのは無理」と言われてた。だから妻が主治医に内緒でトロミの付いた「年越し蕎麦」を作って持ってきてくれた。

俺は元々イベント好きと言うか、誕生日とかクリスマスなんかを仰々しく大々的に祝ったり大騒ぎするのが好きだった。だから本当は2003年の年末年始も家の近所の蕎麦屋で年越し蕎麦を食べ、帝釈天に初詣にバイクで行く予定だった。2002年は免許をまだ取得して無かったから甘酒飲んで暖を取ってた妻だけど、でも2003年は妻も自分のバイクを運転して行くから甘酒と言えども飲めないんだよなぁと思ってた。

妻には気の毒だけど帝釈天に行く事はもう一生無い。万が一行ったとしたら、人混みの中は普通に歩いたって大変なのに、それをパー車で移動するなんてスゴ~く大変な事になる間違い無く。それも結局、大変な思いをするのは妻だし、周りの人達にも非常にヒンシュク。俺は例のジジイ医師みたいにKYじゃない。パー車でも全然気にせず堂々と何処へでも出掛ける人もいるみたいで、最近はパー車には優しく接したり親切にするのがカッコイイって言うか、そうしないとダサイってムードだけどムードがそうなだけで、逆の立場だったら俺はパー車をやっぱり邪魔だと感じてしまうし、本心では面倒臭いと思ってしまう。「何だよ ! こんな人混みの中を非常識な ! 」って。

なので人々の邪魔になる様な場所には行かないのが一番良いのだ。そんな思いをしても頑張ってるパー車のお父さん達は超スゴいと思うけど、障害者の権利ばかりを主張して通勤ラッシュで混み合う時間帯にノンステップバスにパー車で平然と乗るのもどうかと思う。そうでもしないと生活出来ないなら仕方ないけど、少なくとも俺には無理。だから妻は誰かと初詣に行ってくれば良いのにといつも思ってしまう。それくらいの時間なら俺だって留守番出来る。
この身体になって以来、誕生日もクリスマスも年末年始も一切俺には関係無くなった

東リハの頃の話しに戻すけど、その頃の俺はそんな状態だったので病院で年越しするしかなかったが、それはその時の一回だけで、柳原リハに入院中にも年末年始があったけど、その時は「外泊届け」を出して家に帰って新年を迎えた。って言うか知らぬ間に家に帰れる身体になってた

俺は今回の年末に久々に本格的な風邪になってしまった。眠る直前にベッドで風邪薬を飲む時ベッドの上半身をリクライニングで立てるのだが、薬を飲み終わってベッドを寝る状態に戻すと必ず枕の位置が下がってる。「もう少し上だったな」とベッドのヘッドボードの手摺部分片手で掴んでグッと引き寄せて身体を元の位置に治す。これも以前だったら「介護ベルト」を俺の脇の下を通して、力が無い妻に身体を引き上げて貰わなきゃなんなかった。僅かなズレを治すだけなのに大ごとだった。それが現在は片手で簡単に出来てしまって我ながら驚いた。知らぬ間に出来るようになってた

以前は大変だったが今は簡単に出来る事が今年も他にまだまだ出てきそうな気がする













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若くして脳幹出血に倒れ、中途障害者となったカツの毒舌ブログ。

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