苺畑でつかまえて

カツ&サリー、闘いの記録

カツブログ-65 / ぼやきデビュー(3)


前回の続きだが、一段と「自暴自棄」感が増してる。
後半はもはやピークに達している。
発病から2年しか経ってないからか、今とは違う意見/思いが多い。
口の悪さは自分でも笑っちゃう程。
いくつか差別的な単語や言い回しも登場しますが、ご容赦下さい。






例えば生まれ付き全盲/めくらの人だったら目に見える世界を知らないし、

見えるってどんな事かも分らないだろう。

見たいとも思わないかもしれない。

見えるって事が何となく怖いんじゃとも思う。

またはボケ老人の様にくるくるパーだったら、

それまでの自分の記憶を忘れてしまっているだろうし、

今の状態が生まれ付きなのかどうかももう判らなくなっているかもしれない。 
 
幸か不幸か俺にはそういう障害は無いので、

やはり健康で楽しかった時の事をどうしても忘れる事が出来ない。

倒れた直後の記憶も鮮明に覚えている。

自分の目玉が動かず、まるでカメラの手振れの様な視界で

救急車で広尾病院に搬送される一部始終を覚えている。

俺は「今日中に帰れるよね?」って救急車の中で寄添う妻に訊いた。

その問いに「うん。帰れるよ」と応えた覚えが在る。



一番最初 ICUで思った事は「ああ、『太陽が一杯』だ」である。

何日居たかは定かではないが 最初に運ばれた ICUの病室で

俺の向かい側のベッドにはあの有名なジャズドラマーのジョージ川口氏が居た。

当然、世良 譲氏や阿川泰子女氏などの豪華な見舞客も何人か来たが

俺には彼のベッドの傍らにずっと佇む黒い服を着た人陰の様な物が見えていた。

「あれは死に神か?」と思ったとたんにピーっというアラーム音が鳴り響き彼はこの世を去った。

その時妻は俺に

「有名なジャズ屋が死んで無名のロッカーが生き残ったね」と言った。

多分あの黒い人陰は迎えに来た死に神だったんだろうと思う。

その時以外にも、死に神らしい人陰とは何度も遭遇している。



身体障害者手帳という物がある。

俺もこれを渡されたが、

生まれてこの方こんな屈辱的な事は後にも先にも無いだろう。

つまり「お前は身体障害者だ!」と烙印を押されたのと同じ事なのだ。

自分が身体障害者だなんて今も気持ち的にとても受け入れられていないのだ。

しかしこの身体障害者手帳を受け取らないと

車椅子やベッド、家の改装工事などの費用が自腹になってしまうのだ。

そう妻に説得され屈辱を噛み締めながらこの手帳を受け取った。

これは俺だけかもしれないが同じ烙印を押されるなら、

アルパチーノの『狼達の午後』よろしく銀行強盗でもやらかして刑務所に入り、

「お前は前科者だ!」と烙印を押された方がアウトローっぽくてよっぽどカッコイイと思う。

少なくとも「障害者」よりは「マシ」だ!



この闘病生活も長く送っているとどうやら精神まで病んで来る様である。

数々の台風や地震の被害に合い亡くなった人は気の毒だと思うが

生き残った被災者達が「家が崩壊してどこにも帰れない」等と

仮設住宅や避難所で涙を流している姿を見ても

「いいじゃない、逃げ出せる足があって、瓦礫の下から這い出せる腕力があって」と

少しも気の毒に思わないし

「いっその事死んでしまえば良かったのに」と思ってしまう。

もし今の自分がその立場だったらそれこそ即死である。

逃げたくても自分の足では歩く事すら出来ないんだから。



俺を慰めようとして

「あなたよりもっと身体の具合が悪い人もたくさんいる」とか

「辛かったり苦しい時は楽しかった時の事を思い出しなさい」等と言う医者もいるが、

年代物のギターをガツーンと弾いた時の感動や

大型バイクのエンジンの鼓動や爆音を知っている俺には

それ以外の楽しかった事なんて何も無い。

それを味わえない今の俺には何の慰めにもならない。

反って逆効果だし惨めな気持ちになる。



リハビリを受る施設はどこもスポーツジムを小さくした様な所だが、

やはり病気の性質上「もういいだろう、これ以上長生きしなくても」と言いたくなる様な老人が多い。

「今更リハビリしたって今度は老衰が待ってますよ」

「三寸の川を渡る練習ですか?」と言いたくなる。

俺は自分を北朝鮮の拉致被害者と重ね合わせる事がある。

彼等と俺は自分の意志では何も出来ないのである。

北朝鮮ついでにテポドンでも東京に飛んで来て

「皆、一斉に死んじゃえばいいんだ」と心底思う。

もし一生回復しないと宣告された場合、俺には心に誓っている事がある。

カレー屋の前でわざとウンコを漏らしてやるのだ。

車椅子に乗っているだけで

どうせ他人からはくるくるパーに見られているのだから。


♪力の限り生きたから未練など無いわ♪

初音さくらと一郎「昭和枯れすすき」
http://www.youtube.com/watch?v=LsOoOg6RTdI




昨日のニュースで代々木公園に住みつくホームレスの特集を見た。

そのホームレスの中の一部には大企業の幹部クラスまで出世して

定年真際に突然リストラにあった人もいる。

そういう人は再就職するのが難しいらしい。

やはりプライドがそうさせるのか

今さらコンビニなどで若い店長の言う事なんか聞いていられない。

そう思ったら父親の顔が浮かんで来た。

何人かの諸君は知っていると思うけど、

実は父親が代表取締役社長をしていた会社が倒産して父親も母親も妹も自己破産した。

そのあおりをくらって俺も妻も自己破産だ。

母親方の親戚は父親に

「タクシーの運転手でもやったらどう?」などとまぬけな事を言ったらしい。

中小の個人経営とは言え代表取締役社長まで勤めた父親に

今さらそんな仕事が出来るわけがないし、

俺としてもやって欲しくない。



そんな大変な時にも出会いは突然やって来るものだ。

父親の会社が傾いていようと、

同時多発テロが起ころうと、

お構い無しにツインソウルの様な妻とは加速度的に恋に堕ちた。

妻は大変な時に俺と結婚したものである。

会社が倒産する前から父親は糖尿病を患い、

会社が倒産した直後には母親が子宮癌を患い、

全摘出手術を行って一応完治し元気にはしているがまたいつ再発するかも分らない。

その約1年後に俺がこのザマになり、

妹は腎臓を患い二つある腎臓の内一つしか機能していない。

人工透析になるのも時間の問題らしい。

俺の家系はもうボロボロだ。





ほぼ同時期に似た様な病気で倒れた著名人に

坂上二郎、西城秀樹、ミスター長嶋らがいるが、

西城秀樹は発病前と比べて80%程の回復であるらしい。

自分もその位の回復をしない限り

友人知人の前に出る事は二度とないだろう。





話は変わるが、

このCDが皆の手元に届く頃にはもしかしたら

俺はもうこの世にいないかもしれない。

なぜなら妻の同級生の強力なコネで

(俺の同級生達とは大違いで妻の同級生は皆本当に親切だ)

治験を受けるからだ。

治験と言うのはまだ認可されていない手術とか投薬とかを受ける事である。

つまり簡単に言えば人体実験を希望している訳である。

もし失敗して死んでも文句が言えない様に誓約書を書かされる。

今の俺には荒唐無稽な幸せなど何処にもない。

ただ一切は過ぎて行く。

または、どこかの病院/施設に入院/入所して

妻と離婚して介護から解放してやってるかもしれない。

その位しか今の俺が愛する妻にしてやれる事は無い。

♪夢の様な過去は過ぎて行く♪

『一人』デイブ平尾
http://www.youtube.com/watch?v=yvvMbJiqBSc


2005年10月22日  カツ




最後まで読んでくれた方お疲れ様でした。
超長かったけど、これでもだいぶ削って在る。
それと改めて言っとくけど、この文章に書かれてる「考え方」はあくまでも2005年のだ。
2014年現在は違ってるのも在るし、相変わらず今でも思ってる事も在る。


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カツブログ-64 / ぼやきデビュー(2)

前回の続きだけど特に目新しい事は言ってなくて、
過去の記事でも散々同じ様な事を「ぼやいて」る。
ただ、この頃は発病してまだ2年しか経ってないから、現在よりももっと「自暴自棄」的だ。






正式な病名については妻の方が詳しいが、

俺の病気は即死率70〜80%、

つまり四人に三人は死ぬって事らしい。

死の淵に立たされて妻の事しか考えられなかった。


♪つめたい雨が今日は心に浸みる 君の事以外は考えられなくなる♪

 『傘がない』井上陽水
http://www.youtube.com/watch?v=SwNRn3ly8Ns



どこの病院に行っても「よく生還出来ましたねぇ!」とか
「奇跡ですねぇ!」と言われ、

どの医者も口を揃えて言う事は「良かったですねぇ!」である。

果たして本当に良かったのかどうか?



奇しくも俺と同じ病気で即死した

強靱な強さを誇っていたプロレスラーの橋本真也氏の記憶がまだ新しいが、

もし彼が生存していたとして、誰が車椅子姿の彼を見たがるだろうか。

おそらく彼自身も人前に出るのを嫌うだろう。

それは俺も同じだ。

誰とも話したくないし会いたくない。

例えば矢沢永吉氏や館ひろし氏等が同じ様に車椅子になったら人前に平然と出て来れるだろうか?



ちなみに我が家では車椅子の事を『パー車』と呼んでいる。

なぜならくるくるパーの乗り物だからである。



医者達は皆、蘇生の為には訳の分らない機械を一杯使い、

「テクノロジー」を駆使するくせに、
生還後は特に何の治療もせずリハビリと言う名の自然治癒まかせだ。

だったらそのまま蘇生させずに殺してくれれば良かったのにと思う。



妻は些細な事でも喜ぶ。

人間の身体はその殆どが筋肉から出来ている。

咳をするのも瞬きするのも食べ物を「ゴクン」と飲み込むのも筋肉なのだ。

今は随分回復してそこまで酷くはないが、

俺はコノ病気でその全身の筋肉が一瞬にしてコントロール出来なくなった。

だから妻は咳や痰を自分の力で出せる様になっただけで大喜びしたのである。

身体に「掻ゆみ」を感じれば「それは神経が回復して来た証拠だ!」とまた大喜びする。

でも腕の腋の下の方が痒い時に自分で掻けない俺は

「肘から約30cm胸側の指2本分下の所を掻いてくれ」と頼むのだ。

俺はまるで小説家になった様な気分だ。

この面倒な説明をする位なら痒みに耐えてしまおうと思う事も少なくない。



俺が最初どんな病状だったかと言うと、

全身の力が抜け感覚が麻痺して、

まるで『くたくたジャガー』
(これを知っている人は俺と同世代に間違いない)の様な状態であった。

自分では『気をつけの姿勢』で寝ているので当然両腕は両脇にあるものだと思っていたが

身体が動かせないので妻に
「俺のドクロのリングをした右手を見せて」と頼むと

どういう訳だか頭の上から腕が出て来た。

つまり俺は『万歳の格好』で寝ていたのである。

そんな事も判らない程全身の感覚が麻痺していたのである。

妻が喜ぶ身体が回復するに従って今度は逆に全身に力が入りっぱなしの状態。

まるで江頭2:50の様に常に全身が硬直しているのである。

江頭の場合はギャグでそうしているので抜こうと思えば力が抜けるが

俺の場合はギャグではないので365日/24時間、力を抜きたくても抜けないのである。

肩凝りの比ではない。

なのでサンドイッチを食べようと手で掴むと力のコントロールが出来ないので握り潰してしまうのである。

是非皆には全身に力を入れてウンコをする時の踏ん張る様な感じで食事をしたり入浴したりしてみて欲しい。

そうすれば俺の今の状態が少しは体感出来るかもしれない。




言葉はどうにか妻と日常会話をかわせる様になったが、
まるで息切れしたボビー・オロゴンの様な声だ。

とても人前では話せない。

特にペラペラと早口でまくしたてる昔の俺を知っている友人知人は現在の俺を見たら愕然とするだろう。




倒れた当初から今日まで全く変わらず回復していないと思われる箇所がある。

まず手足の痺れ感。

特に右手がかじかんだ様にずっと冷たく感じている。

それから顔面にまるでアロンアルファを塗って乾かしてパリパリになった様な感覚がある。

もう一つは背中に異物感があって最初の広尾病院の時は
まるで『座椅子』が張り付いた様な感じで、

次に転院した東京リハビリ病院の時は『亀の甲羅』を常に背負っている感じ。

これらは俺と同じ病気でも患者それぞれ感じ方が違って、

顔面のアロンアルファが「和紙が張り付いた感じ」と言う人もいるし、

背中の『座椅子』や『亀の甲羅』を「鉛が張り付いている」と言う人も居た。

しかし健康体の妻でも
肩凝り症の彼女は「首の付け根に石が詰まっている」等と言う。

いずれにしてもそんな事は実際には全く無くすべて錯覚だが、

錯覚と言うにはあまりにもリアルに感じている。

これらは現在も続いている。






今回も超長くてすいませんねぇ。
でもまだまだ「ぼやき」は続きます。
また来週!


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カツブログ-63 / ぼやきデビュー(1)


先日、或る文章を探してて、たまたま久々に自分の昔の文章を読んだんだけど、結構面白かったのでUPした。

この文章は元々は俺のCDのライナーノーツに載せた物で、
この頃(2005年12月)はまだPC操作が自力で出来なかったから
作曲の時と同様、PC操作する妻の隣りで俺が言った通りに書いて貰った。

この頃はまだ何かカッコ付けてて笑える。

何だか自分じゃないみたいな部分と相変わらずの部分が混在してて変な感じ。

「俺って昔はこんなキザな言い回ししてたんだ~」
「へぇー」って感じ。

それと物凄く長文なので何回かに分けるつもり。





皆の前から姿を消して早いもので丸々2年が経ったけど

(闘病生活中の俺にはとてもとても長い2年だったが)皆は元気かな?

このCDの中の俺は元気です。

これらの歌を唄っていた頃には現在の自分の姿は想像する事すら出来なかった。

もう2度とこういう声はでないのかもしれない。



こんな身体になった原因は、もしもこの世に神と言う存在があるのだとしたら

俺の『らしくない/ガラにもない事』という名の三つの大罪を犯したせいかもしれない。




 <大罪その1>
意外に思うかもしれないがそれは俺が一番長く携わってきた音楽活動である。

なぜならメンバーに恵まれなかった。

と言うより常にメンバーに欠員がいた。

『TheAftermath』と言う(無名の)バンドがあって、ライヴは勿論の事、テレビに出演したりCDをリリースしたりと様々な活動をして来たが、幾多のメンバーチェンジをくり返した。

最終的には俺が作曲とギター/ヴォーカルを担当し、

作詞とベース/コーラスを担当する彼との、

俺が長年夢に描いていたレノン/マッカートニーの様な(そんな上等な物ではないけど)

ゴールデンコンビ時代もあったが、

それも長くは続かずその彼も家族の事情で引退した(今思えば結構長かった気がする)。

今考えてみればその時が俺にとっても引退の潮時だったのかもしれない。

しかし懲りない俺は自身の音楽を続ける為に、

手伝いとか掛け持ちの頼り無いメンバーでしのいだ。

能書きの多い連中の間でスムーズに活動が進まず俺のストレスは溜まる一方であった。

別に他人のせいにする訳ではないが、

その能書きの多い連中でさえも辞めないでいてくれたら今も身体は健康で、音楽活動も続いていたかもしれない。

と思えてしまう。



それから音楽出版社に身を置く友人もいたが

その彼の「コネ」と言う名の恩恵を受けたためしがない。

彼は俺のバンドよりも俺の友人のバンドの方を気に入っていた様である。

結局「お前には向いていないのだから早く止めなさい」と言う神の啓示だったのかもしれない。



 <大罪その2> 
オートバイ。

実は30代の半ばで限定解除免許を取って大型バイクに乗っていたのだ。

それまで全然興味無かったのに、30代半ばにして目覚めてしまった。

「お前と俺、二人っきりになれる所へ運んでくれよな」である。


彼のオートバイ、彼女の島
http://www.youtube.com/watch?v=otLUQZKYOqU



しかし車検までの丸々2年間しか堪能出来なかった。

俺とツーリングに行く為に妻もバイクの免許をわざわざ合宿で取りバイクも購入したと言うのに・・・。

やはりこれも「止めなさい」と言う神の啓示だったのかもしれない。



 <大罪その3>
結婚。

結婚なんて一番俺らしくないだろう。

それが証拠に健康な身体を維持しての結婚生活は2年足らずだった。

現在は介護という名の呪縛で妻の自由を奪うという4つ目の大罪を犯している。

♪前を見るよな柄じゃない。後ろ向くよな柄じゃない。よそ見してたら泣きを見た♪
 

『圭子の夢は夜ひらく』藤 圭子
http://www.youtube.com/watch?v=4J5zsNVQhbM



死の淵に立って強烈に思った事がある。

それこそ意外に思うだろうが子供が欲しいと思ったのだ。

つまり自分の分身である。

子供の人格を無視した自分本位の思いではあるが、

自分がこの世に存在した証しが欲しいと思ったのである。

でも自分自身がそうだった様に分身とは言え親の思う様に育つとは限らない。

そもそも俺は子供が嫌いである。

小さい頃はギャーギャー煩いし、

本当に自分の子供かどうかさえ疑わしい。

「あ~、俺にそっくりだ。この子は自分の子に違いない」

とやっと確信出来た時には皮肉な事に手のつけられない悪ガキに成長しているのである
(俺の父親もそう思った事だろう)。

しかし自分の分身を残すと言う事は、

自分の生きた証しを残すと言う事である。

それには間違い無い。

残念ながら現在、我が家では子供を作る事など出来ないが・・・。

だから俺の場合は自分が生きた証しとして、

またも神の啓示に逆らってこのCDを残す事にした。


何気ない平和で幸せな今日が、

いつもと同じ今日と言う日が明日も来るとは限らない。

まさに『Tomorrow never knows』である。

厳密に言えば一秒後の事すら分らないのだ。

一秒後自分が生きてるか死んでるのかさえ分らないのだ。

いつまた死の淵に立たされるか分らない。

だから自分の生まれ変わりなんておこがましいが、

ガラにもなく子供が欲しいなんて事を考えたのだ。

  ♪今日は別れた旅人達も生まれ変わって歩きだすよ。♪

『時代』中島みゆき
http://www.youtube.com/watch?v=Ry_bpaKDcAo





このCD製作に協力してくれた人達。

俺の事を思って妻の目の前で涙を流してくれた人達。

手紙、FAX、Eメールなどで励ましてくれた人達。

妻が全部ファイルして保存してあります。

本当にどうもありがとう。感謝します。


そして葉書一枚、電話一本、全くくれなかった音沙汰の無かった人達。

生前葬をやる人の気持ち/意味がわかった気がする。

俺の事を誰がどの位思ってくれていたかが良く判りました。
ありがとう。

今回の事を全然知らなかった人はともかく、知っているはずの人達の態度には驚いた。

妻にも「人目も憚らず泣き出す人もいたのに、片や冷たい人もいるのね」と言われた。

中には俺が死んだと思っている輩もいる様だがご希望にそえず俺はこうして生きているし、

頭脳明晰で嫌味な所は相変わらず変わっていない。
(この文章を読めばよく分ると思うけど)

この病気になっていろんな人の本心/欲望が分る様になった。

俺の財産と呼べる程の物ではないが、

年代物のギター10数本やオートバイ、

その他の俺の持ち物は誰にも譲ろうとは思っていない。

全て妻だけに譲ろうと思っている。

「売れ」ばそれなりの額になるはずだ。





今回はココまで。

ココまで読んでくれてお疲れ様でした。
ほんの「サワリ」のつもりだったが、それだけでもこんなに長い。
まだまだ続くから、続きはまた来週のお楽しみ。


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若くして脳幹出血に倒れ、中途障害者となったカツの毒舌ブログ。

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